人生は呼吸で決まる!『心と体を整える最強の呼吸』より訳者あとがきを公開

花粉症、いびき、ストレス、うつに効く!?

このたび株式会社早川書房は、ジェームズ・ネスター著『 心と体を整える最強の呼吸 』 (訳:近藤隆文)(原題:Breath: The New Science of a Lost Art)を3月5日に刊行しました。
本書内容
季節性アレルギー、睡眠時無呼吸症候群、うつ、ストレスといった、現代人のあらゆる不調を治すカギは「鼻呼吸」にあった!? パリの地下墓地、旧ソ連の極秘施設、チベット、インドなど世界中を飛び回り見つけた「失われた呼吸法」とは? 43か国語で翻訳され、300万部を突破した傑作ポピュラー・サイエンス、『BREATH 呼吸の科学』改題文庫化。解説/石田浩司(運動生理学者)
ユーモアにあふれ読みやすく、読むと健康になる本書から、訳者の近藤隆文さんによるあとがきを公開します!
訳者あとがき
本書はBreath: The New Science of a Lost Art(Riverhead Books, 2020)の全訳である。
冒頭、著者は映画『悪魔の棲む家』で描かれたアミティヴィルの町(ニューヨーク州ロングアイランド)を連想させる館を訪れる。その不気味な屋敷では、眉毛の濃い女性インストラクターを中心に、奇妙な人々があぐらをかいて座っていた。まるで映画『ロング・グッドバイ』や『インヒアレント・ヴァイス』に登場しそうな、カリフォルニアのヒッピーカルチャーやカルト集団を思わせる場面だが、まず著者は私立探偵ではない。肺炎を患い、心身ともに疲れ果てたジャーナリストだった。それに、ここは医師に勧められてやってきた呼吸教室にすぎない。
ところが、この不穏な導入部につづき、著者は涼しい部屋でひとり大量の汗をかくという不思議な体験をする。しかも気分は穏やかになり、肩と首の張りもなくなっていた。いったい何が起きたのか? 何がこれほど大きな反応を引き起こしたのか?
その答えを求め、著者は人類100万年の歴史をさかのぼり、人間が正しく呼吸する能力を失って、数々の病気に苦しむようになった原因の解明に乗り出す。いびき、睡眠時無呼吸症候群、喘息、自己免疫疾患、アレルギー、脊柱側弯症。そうした病気の症状も、正しい呼吸法を取り戻せば治せるのではないか。それを突き止めるためなら、みずからスタンフォード大学で20日間にわたり実験台となることもいとわない。古い頭蓋骨の口の研究や、口腔を拡張する保定装置の開発に取り組む歯科医たちを訪ね、オランダの〝アイスマン〟ヴィム・ホフやパトリック・マキューンら、呼吸法のエキスパートたちに意見を求めながら、米国内はもちろん、スウェーデン、ラトビア、英国、ブラジルと世界各地をめぐり、呼吸の謎に迫っていく。
だが、答えが見つかったのは呼吸器学の研究室ではなかった。パリのじめついた古い地下墓所や、旧ソ連の極秘施設、ニュージャージーの聖歌隊学校、スモッグに覆われたサンパウロの街だった。そうして著者は数千年の歴史がある医学書をひもとき、最先端の呼吸器学や心理学、生化学、人体生理学の知見に裏づけを得て、きわめて根本的な生物機能をめぐる事実を明らかにする。たとえば、健康的な呼吸法とは何よりもまず鼻呼吸であり、口呼吸はさまざまな病気を招くこと。産業革命以降、食品の工業化が進み、咀嚼のストレスが減って顔や口の発育が妨げられ、気道が閉塞しやすくなっていること。現代人は酸素過多、二酸化炭素不足の状態にあるため、深呼吸ではなく、むしろ、ゆっくりと、少ない量を呼吸すべきであること。
さらに、著者は10年にわたる綿密なリサーチや体当たり取材の過程で、いつしか秘伝の呼吸術に習熟していた。そんな呼吸の力を増幅させる古今東西の技法を〈呼吸+〉として第三部にまとめている。プラーナヤーマ、スダルシャン・クリヤ、共鳴呼吸(コヒーレント・ブリージング)、ツンモ、ブテイコ呼吸法などだ。
巻末の付録にはそうした呼吸法が簡潔に紹介されているので、せっかちな方には先にそちらを参照いただいてもいいのかもしれない。そうでない方には、ゆっくりと、息を調え、遊び心のある本篇(や謝辞)を楽しみながら読み進めていただけたらと思う。
本国アメリカでは、本書は発売後18週にわたって《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラーリストにとどまり、《ウォール・ストリート・ジャーナル》、《ロサンゼルス・タイムズ》、《サンデー・タイムズ》(英国)でトップ10入りを果たした。スペイン、ドイツ、クロアチア、イタリアなど各国でベストセラーとなり、35以上の言語に翻訳されている。そして全米ジャーナリスト・作家協会選出の2020年ベスト一般ノンフィクションブックに輝いたほか、英国王立協会の2021年ベストサイエンスブックの最終候補に残った。「体と心に対する考え方を一変させる力のある一冊」(ジョシュア・フォア)、「10年にわたる個人的な調査をもとに、魅力あるコメディ風の語り口で心を釘付けにする。ページターナー小説のように読めるセルフヘルプ本など想像できるだろうか?巻を措く能わず」(スティーヴン・R・ガンドリー)と、各方面からも賛辞が寄せられている。
著者ジェームズ・ネスターは、バンド活動ののち英文学修士号を取得し、コピーライターとの兼業を経て専業フルタイムの作家、ジャーナリストとなった。《サイエンティフィック・アメリカン》《アウトサイド》《ニューヨーク・タイムズ》《アトランティック》《サンフランシスコ・クロニクル》《サーファーズ・ジャーナル》などに寄稿しつつ、上梓した著書第一作はDEEP: Freediving, Renegade Science, and What the Ocean Tells Us about Ourselves (Houghton Mifflin Harcourt, 2014) 。フリーダイビングの選手や冒険家、科学者を追いかけ、驚くべき発見を通じて海洋や人間に関する理解を刷新する快著だ。BBCのブック・オブ・ザ・ウィーク、PENアメリカン・センターのベスト・スポーツ・ブック・オブ・ザ・イヤー・ファイナリストほか、さまざまな栄誉を受けている。その1章をもとに共同制作されたVR短篇ドキュメンタリー“The Click Effect” は、100万回以上視聴され、2017年9月にエミー賞ベストVR体験部門にノミネートされた。さらに、海洋生物学者のデイヴィッド・グルーバーとのプロジェクトCETI(クジラ語翻訳イニシアティブ)では、機械学習やAI技術による異種間コミュニケーションの可能性を探り、2020年にはTEDのThe Audacious Project に認定されるなど、多彩な活動に取り組んでいる。
地元サンフランシスコ界隈では1978年式メルセデス・ベンツ300Dを廃食油で走らせ、米国初の電気自動車CitiCarを乗りこなすという著者から、当分目が離せそうにない。
2022年5月(単行本より再録)
書誌情報
書名:心と体を整える最強の呼吸
著者:ジェームズ・ネスター
訳者:近藤隆文
出版社:早川書房(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
発売日:2025/3/5
文庫:448ページ
定価:1,280円
解説:石田浩司(運動生理学者)
目次
イントロダクション
第一部 実 験
第1章 動物界一の呼吸下手
第2章 口呼吸
第二部 呼吸の失われた技術と科学
第3章 鼻
第4章 息を吐く
第5章 ゆっくりと
第6章 減らす
第7章 噛 む
第三部 呼吸+
第8章 ときには、もっと
第9章 止める
第10章 速く、ゆっくり、一切しない
エピローグ あとひと息
謝辞
付録 呼吸法
訳者あとがき
解説
注