おはなしは気球にのって
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バンベルトは体が育たず、大人になっても子どものように小さいままだ。杖なしでは歩くこともままならず、ほとんど家から出ずに暮らしている。そんな彼の生活をささえているのは、1階で雑貨屋をいとなむブリュムケだ。食事や日常品を小さなエレベーターにのせて、2階に住むバンベルトのもとへとどけてくれるのだ。
体は小さくとも、バンベルトには大きな夢があった。それは、作家としてすばらしい作品を書くこと。だれに見せるでもなくコツコツと物語を書きためている。ある日、作品を書きつけたノートが、残り数ページしかないことに気づいたバンベルトは、これまでに書いた物語を世に送りだす決心をする。ノートの中でこおりついたままの物語は、本物の物語とはいえない。世の中へ出ていって、本物の風景や人々の間に根づいてはじめて、本物になれるのだ。どこで本物になるかは、物語が自分で決めるだろう。
こうしてバンベルトは、ぜんぶで11の物語をノートからやぶきとると、冷たい風のふく冬の夜、小さな気球につけて窓からはなった。手紙も添えた。物語を拾った人は、どこで見つけたかを書いて、送りかえしてほしい。物語が本物になった場所がわかれば、真の意味で完成させられるから、と。
待ちくたびれてあきらめかけたころ、ようやく1つめの物語がアイルランドからかえってくる。失業した父親と暮らす少年が、海辺でお金になるものをさがしていたところ、くじらと出会い、「お礼を言いたくて百年間もさがしつづけていた」と言われる、という話だった。少年の曾々祖父がむかし、くじらを助けたことがあったのだ。バンベルトはこれを読んで大よろこびだった。物語は彼の期待どおり、もっともふさわしい場所へ飛んでいった。書いたときは気づかなかったが、これはアイルランドで本物になるべき物語だったのだ。
つづいてスペインから、かしこいお姫さまが求婚者たちに、「真実への鍵」を持ってくるよう命じたという話がかえってきた。ロシアからは、地下牢に投獄された哲学者たちが、子どもの亡霊にみちびかれて脱獄するという話。フランスからは、川で拾ったびんの中に、過去から自分にあてられたふしぎな手紙を見つけた少年の話。イタリアからは、鏡を一度も見ることなく育った美しい少女の話。ボスニアからは、防空壕の外の地面に子どもが絵をえがくと、そのとおりに爆撃が起こるという話。バンベルトはそれぞれの話がみごとにふさわしい場所にたどりつき、本物になったことに感嘆する。
ところが、最後の1つの物語が、いつまでたってもかえってこない。バンベルトは心配のあまり、食事ものどを通らず、夜もねむれなくなってしまう。その様子をそっと見守るブリュムケ。これまで、10の物語をエレベーターに置いてバンベルトにとどけてきた彼は、実はある秘密をかかえていた……
家からほとんど出られないバンベルトの孤独な生活と、物語が旅した広い世界との対比があざやかで、絵画的な美しさがある。11のおはなしはどれも個性的で味わい深く、短篇として読んでも楽しめる。バンベルトとブリュムケのさりげない絆や、少々ほろ苦いラストも心にひびく。下は読み聞かせで小学校低学年から、上は大人までと、さまざまな人に読んでほしい感動作。
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