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第4回 クリスティと言えばもちろん、ミステリ。クリスティの作品はすべてずっと前に読み尽くしている!と思っていた私だが、それは間違いで、すべてのミステリ、だけだった。実は「非ミステリ」の作品を読んだのはこれがはじめてである。切ない愛の物語、『未完の肖像』。 主人公シーリアは、いわば“愛情いっぱいの女性”だ。子どもの時から親はもちろん、周りの人々、自然にも溢れる愛情で接して生きてきた。使用人のいるお金持ちの家の娘といえば、ただの贅沢に慣れた甘やかされた性格を想像しがち。贅沢に慣れていたのは事実としても、彼女はずっとのびやかで純粋だ。大好きなのは台所で、コックのラウンシーにいつも味見をさせてもらう。時にはパンの薄切り、時には糖蜜タルト、時にはジャム・タルトのミミ、時には干葡萄……。両親がエジプトに行っている間にその家を離れ、祖母の家に滞在して後、自分の家にもどった時の喜びはこうだ。 「ああ、何てすばらしいんだろう、家に帰ったってことは」そう思う彼女は母にきかれてこう答える。「ブナの木を見てるの、マミー。あんまりきれいだから」 この時のもうひとつの喜びが、ロックケーキだ。少し貧乏になってきてもコックのラウンシーは気前よく買い物をし、気前よくクリームや卵を使って料理を作る。使用人たちのために作り、シーリアが欲しがって食べるのが“ロックケーキ”。 「何を食べてるの、ラウンシー?」「台所の者のお茶のために、ロック・ケーキを作っているんですの」「私もひとつほしいわ」形ばかり拒絶はするものの、ラウンシーはオーヴンの蓋をパッと開ける。「ちょうど焼けたところですわ」 名前の通り、岩のようにごつごつしているのは、滑らかにするためにクリームをたくさん使ったり、堅くてもクッキーのようにしっかりのばして型抜きをしたりしないから。粉と砂糖と卵と牛乳を、天板に適当にこんもり落としていって焼くだけだからだ。それはもちろん、使用人たちで食べるからよけいな手間はかけられないし、そのために贅沢な食材をつかうこともできないからだが、そのためにかえって素朴で自由な雰囲気がある。子どもだったシーリアが、台所で欲しがるのは当然だし、シーリアならきっと、おとなになっても、楽しんで焼いたのではないかと思うのだ。 無邪気な愛情のままに結婚したシーリアは、結婚生活も無邪気に楽しみ、今まではコックがいて無縁だった料理にも楽しみを見いだす。海老のコロッケ、ヴァニラ・スフレ……料理本を見て「やみくもにいろいろな料理を試み」たりもする。しかし、愛し合って結婚したはずの夫との、すれ違い。それは、月並みなすれ違いではなく、愛情いっぱい、想像力いっぱいの彼女と、「他人が考えていること、感じていることを話題にするなんて、時間の浪費と思われ」る夫との月と日ほどの想いの違いなのが悲しい。 だからこそ、シーリアの子ども時代の輝きがいとしく、その輝きの中で食べたロックケーキもまた、輝いているのである。何となく、ロック・ケーキを作って食べると、自分はロック・ケーキなど食べなかったのに、自分の子ども時代がよみがえりそうな気さえしてくるのだ。
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